先週の土曜日に子供が骨折してしまったけど、その状況を記録しておくことにする。
<<だらだら長い文章を書くので、読むのなら注意が必要>>
3月11日土曜日は、『全国的に天気が良く、日中は17℃くらい気温が上がり暖かい一日』と天気予報でも言っていた。暖かいし、ちょうど叔父がレタスの苗を届けてくれたので、子供を連れてレタスの定植をする事にしていた。食育という意味で、レタスの植え付けから成長、収穫と食すところまでを実際に自分でやらせたかったのでね。
前日の夜、『明日は畑に行こう!!』って子供を誘ったら大喜びしていた。寝る前も『明日は畑だね』って楽しみにしていた。当日も大好きなテレビ番組『あたしんち』も見ず、自分の後を遅れまいと付いてきた。
そして、軽のワンボックスに、管理機、肥料、苗、道具、そして実家の母親と息子を乗せ畑へ・・・
畑に着いて荷物を降ろし、母と息子は去年の秋からそのままになっていたブロッコリーを片付ける。自分は管理機で耕す。
息子は、両手一杯にブロッコリーの枯れ木を抱えて頑張って働いていた。子供の身体なので結構な量。だけど楽しそうに運んでいる。そんな姿をみると、テレビやゲーム等人工的な物も楽しいけど、本来人間って自然の中で遊ぶのが一番楽しいのだなと感じる。
しばらくすると、姉がやってきた。今回植えるレタスの苗が結構あるので、手伝いにやってきたのだ。さて本格的にお仕事、子供のことは『母と姉が見ているだろう』と思い、自分は耕しを本格的にやる。
その時、子供が僕の近くにやってきた。自分のシャベルと管理機の補助輪?を抱えて。しかも、姉が車をバックしている方に…
なんとなく「危ないな。」感じ、『こっちに来なさい』と言ったのだけど、自分は機械を使っているので、こっちも怖い。なので、『そっちに行って』と言ってしまった。
きっと、その時彼はどっちに行ったら良いのか少しパニックになったのだろうね。。
慌てて動こうとした・・・その時・・・
足元に、取り残しのブロッコリーの幹が少しだけ残っていた。そこに足を引っ掛けてそのまま前に転んでしまった。腕に抱えていたシャベルと補助輪を持ちながら。。腕を曲げた状態で。普通なら手を付くのだけ、それが出来なかったんだね。
転ぶと、思いっきり泣いた。そして、右手を痛そうにしていた。彼の軍手を外してあげて、手を見てみた。見た感じはなんともなさそうで、『グー、パーできる?』って聞くと、ちゃんとグーとパーが出来ていた。
その時は、「あぁなんとも無くてよかった」と思っていた。。子供が落ち着いたので、皆でお茶にする事に。息子は、クゥーのリンゴ味を飲み一息入れている。
どうやら、「大丈夫そうだなァ~」って感じではあった。なので、子供には、『ここで休んでいな』と言って仕事の続きをはじめる。
肥料をまき、耕していると、どうも子供の様子が変なのである。右手をお腹に抱えてうずくまる様な姿勢を時折とっている。でもこっちを見ながら笑顔を見せていた。「大丈夫かな?」と思いながら、耕して、一通り終わって子供のところに行く。
やっぱり、様子が変なので、カミさんを電話で来るようにいう。
しばらくすると、カミさんが登場!!
そ、そ、そうしたら、母の顔を見て安心したのか、いきなり大泣きし始めた。。
これは??と思い、もう一度手を見ると、腫れてきていた。打撲か?と思い、急遽近所の病院に連れて行く。
自分やおばあちゃん、おばちゃんが働いているから、遠慮して言わなかったのかな・・・
って言うか、早く気づいてあげればよかった。。
夫婦そろって単なる打撲か捻挫と思っていた二人は、レントゲンを見てびっくり。右手の薬指の第一間接の骨が縦に割れているではないか・・・
先生、『骨折しているね』と、すぐさま処置。
指を固定するのだけど、その固定するときがとても痛いよう。おお泣きしていた、でも力をいれたり、指を曲げると固定できないので、『頑張らず、頑張って。ちからを抜いて』と意味のわからない声援をしながら、ようやく付いた。
痛いのに頑張ったよ。。骨折したことの無い自分や妻にはこの痛さはわからないけど、そうとう痛いみたい。できれば、変わってあげたかったね。。
『どんなに早くでも、ギブスが取れるのに3週間はかかります』と先生。『砂遊び、水遊び、雪あそび、は絶対駄目。』と先生。あぁ、これから春休みで、遊びたいだろうに・・・可哀相に。でも、良く考えると、転んだ場所は段差の近くでもあったので、その段差から落ちていたと考えると・・・ちょっと怖い。この程度で済んでよかったと考えるべきなのだろうか。。
でも、自分や身内が近くにいたのに、怪我させてしまってゴメン。。でも、何で怪我しちゃったんだろう。。どういうメッセージなんだろう。。。
ちょっと脱線するけど、師匠がいつも言っていた事がある。『全ての出来事は自分へのメッセージなんだ』と。。ちょっと宗教っぽくなるかもしれないけど、それが師匠の信念なのである。
例えば、
野菜に虫が付いた場合は、それは自然からのメッセージ。肥料が多かったとか、色々な意味が隠されている。『本来、健康な野菜であれば決して虫にやられない』という結論があるからである。人間と同じ、本当に健康な人は病気にならないのと同じ理屈である。
でも、そんな状態に完璧にするのはとても難しいので、いつも師匠は考えていた。「何がいけなかったのか??」と。
もうひとつ、例えば、
ある日誰かが怪我をした。それも「メッセージだと」言っていた。「このメッセージをキチンと受け止めないと、もっと大事に発展する。だから、どんなメッセージなのかを自分でしっかり受け止めなさい。」
とこんな感じで、いつも一つの行動で色々考えるような習慣になっていたので、今回の息子の骨折も、自分のメッセージとして受け止めようと思う。
ところで今の息子は痛がる様子もなく元気一杯です。
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